2011年8月26日金曜日

タホのおじさん

フィリピンに来て週五回のペースで食べているものがあります。それがタホという食べ物で、豆腐と黒蜜を混ぜた感じのものです。それをオフィスまでいつも売りに来てくれるおじさんがいて物凄いいい笑顔でやってきます。来て間もないころから買って食べていたら僕の顔を覚えたみたいで今では、「あの青年はまだかい?」みたいな感じで僕を待っています。僕自身もタホが好きだし、10ペソ(日本円で20円)だしっていうことで毎日食べていたらある日いつもは売っていない豆乳を特別に持ってきてくれました。まあもちろん買わされましたがね。でもおいしかったんでよしとします。もうすぐ日本に帰国してしまうんですがこのタホとおじさんに会うことができなくなると考えるとなんだかさみしいですね。
マックに高い金をだすよりもこういうおじさんにお金を使いたいですね。

個人的にはフィリピンでまずいものにはあまり出会ってません。日本食もあまり恋しくなってないんで結構僕に合っているのかもしれません。ただし野菜があまりない。肉と米、これに尽きる。ちょっと高めのところに行けばもちろんサラダがありますが、そこら辺の50ペソ(100円)で食べられる食堂ではあまり野菜はないですね。食事は全体的に不健康です。最近日本でも食習慣が問題になっていますが、フィリピンに比べたら圧倒的にバランスのとれた食事が容易に食べられる環境にあります。


2011年8月25日木曜日

JFCは不幸か

今回のテーマはタイトルそのままJFCは不幸か、です。特にマリガヤハウスで扱っているJFCのケースについて考えていこうと思います。
マリガヤハウスで扱うJFCと言えば前述しているように日本人の父親とフィリピン人の母親をもち、父親から養育拒否をされてしまった子どもたちです。彼らは学校でも「日本人でもフィリピン人でもない」などといじめられることが確かにあります。そして父親がいないことを母親に当たってしまうこともあり、母親のほうも申し訳ない気持ちから子供を甘やかしてしまって子どもの非行を黙認してしまいます。

しかし、フィリピンには彼らのほかにも多くの父親のいない子どもが暮らしています。彼らの多くは貧しい生活をしていて、貧困のために高等教育を受けられず貧困の連鎖を断ち切ることができずにいます。しかし、JFCには父親の認知をされ養育費を得るチャンスがあります。さらには奨学金を得られる機会もあり、高等教育を受けられる可能性が高くなります。もしこれがフィリピン人の父親なら高等教育を受ける機会が完全に失われていたかもしれません。そのように考えるとJFCとして生まれることは彼らにとって必ずしも不幸であるとは言い切れません。しかしJFCが本来持っている権利が侵害されてしまっている状況にあることは間違いありません。
JFCネットワークでは子どもが当然持っている権利、父親からその子どもであると認められる権利や本来得るはずの国籍の権利を擁護するために活動しています。

2011年8月24日水曜日

国籍取得について

日本人の父親から認知を受けてJFCが晴れて日本人国籍を取得できる、ということになってもその後の申請も大変です。両親の渡航記録や父親の改製原戸籍という普通の戸籍謄本よりさらに遡る戸籍謄本などの書類がたくさん必要となります。転籍などが多い人はその戸籍謄本だけでも結構な量になります。一年でも戸籍が繋がらないと戸籍取得申請届は受理されません。この前もある人の戸籍申請届を日本大使館に提出しに行ったのですが、戸籍が一年分足りないということで受理されませんでした。でもそのクライアントさんは以前にも提出しに行ったことがあって、今回が3度目でした。そのたびに足りない書類について領事館の職員に指摘されるのですが、書類をそろえてまた領事館にいっても再び足りない書類を新たにしてきします。しかも対応した人は同じ人。ちょっといい加減な気がしました。お役所仕事というのはこういうものをいうのでしょうかね。実感しました。クライアントのひとにとっては領事館までの交通費も結構な負担になるんですがね。こちらも一緒に提出しに行った者としてはなんだか申し訳ない気がしました。
実は日本人の父親が自分から認知をした場合よりも裁判によって認知させられた場合のほうが提出書類は簡単です。なぜなら裁判認知の場合は裁判所の指示通りに行えばいいのですが、任意認知の場合は偽造の可能性があるので厳密なチェックが必要で、そのために多くの書類が必要だからです。

ちなみにフィリピンでは二重国籍というものが許されています。したがって日本国籍を獲得できたJFCはフィリピンではフィリピン人兼日本人ということになり、日本では日本人ということになります。